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マイナス3Dの近視ですと、だいたいO.1の視力ですが、マイナス3Dの乱視ですとO.3とかO.6が見えてしまうのです。
ただし、何回か視力測定をすると全体的にO.1に収束していきます。
すなわちO.1からO.6の間は不正確に、本人としてはハッキリ見えているわけです。
ところが実際は違っているのです。
そこでこのギャップが性格形成に影響すると思われます。
すなわち自覚的には見えているのですが他覚的には間違っている、でも本人は正しいと思い込んでいる。
これが性格形成に影響します。
自分では正しいと思っていて、人から「それは間違っている」と指摘を受けても「そんなはずはない」というように、どうしても頑固になって、人の意見を受け入れないという性格が、乱視の方にははっきりあるような気がします。
(遠視、斜視、弱視〉の人の特有の性格特に遠視系の相談は子供さんに多いのが特徴です。
これは逆に眼科では、なす術が無くて、あきらめられていますので、親御さんが心配になって来所されるケースがほとんどです。
そしてまた親御さんはほとんど目の良い方が多いのでお母さん、お父さんになかなか目が悪いことを理解してもらえないという環境の中で育っていきます。
したがって第一の特徴としては「親が理解できない子」という性格ができあがります。
そして眼科であきらめられていますから「あきらめられている」という気持が本人にはどうしても残ります。
通常は子供に期待して育てるのですから、いろんなことをします。
遠視のお子さんの場合には、まず一回眼科であきらめられていることから、どうしても期待されて育つという集中することが難しく多動の傾向が強い傾向が無いのです。
わりと荒っぽい性格になりやすいのです。
そして次に遠視系の目は調節力を酷使しますので、近くをシーツとして集中して見て、それから物を記憶するという機能が育ちづらいのです。
ですから特に小学校入学からは、勉強とスポーツをしますので、どうしてもトラブルが起こるわけです。
シーツと我慢して集中することが難しい、記憶するのも難しいとなりますと、多動になります。
チョコチョコとしているので「静かにしていなさい」と言っても聞いてくれないような性格、これが目立ちます。
学校生活ではどうしても目立ちますので先生から「ちょっと君はもうすこし落ち着いてお勉強しなさい」とかスポーツをしても、なかなかスピードのある物にはついていきづらいので、スポーツも好きになれません。
「問題児」と言われるタイプに属することが多いような気がします。
それに加えて斜視があったり、弱視と言われたりしますと、また問題が加わってきます。
斜視になると、特に遠視の場合は内斜視が多いのですが、見た目もみっともなくなります。
したがって人から見られるのが嫌になってコソコソ行動するようになります。
また弱視といって、メガネやコンタクトをしても視力が出なくなりますと、いよいよ物が見えずらくなり、自分の世界に閉じこもってしまいます。
行動が自発的に起こっていない、消極的な人生を歩まざるをえないという傾向が出てきます。
したがって遠視、斜視、弱視は絶対に早くから治さなくてはいけない目なのです。
また必ず良くなる目でもあるのです。
以上、見てきたように、視力と性格には密接した関連性があります。
各々のタイプにより、そのメリット、デメリットがあるわけです。
そのデメリットを修正し、メリットを生かすような生き方をされると良いのです。
そのためにまずは、その原因たる目の機能を徹底的に改善する必要があります。
視力回復することで性格のデメリットを改善しますと、明るく楽しい人生が送れるのです。
①視力回復のヒントは般若心経にある「見えないんじゃないか」という意識を捨てること実は見えると思えば見えるのです。
目の悪い方は、見えるという意識がかなり低下していますので、なかなか本気で見えると思えません。
反対に、「見えないんじゃないか」「もっと悪くなるんじゃないか」という不安のもとに生きています。
この考え方をまず変えていただきたいのです。
昔から、 「為せば成る為さねば成らぬ何事も為さぬは人の成さぬなりけり」というのがあります。
その通りだと思います。
実はこの考え方の基礎は、般若心経にあると言っても間違いありません。
般若心経はお釈迦さまが説いたお経ですが、「摩詞般若波羅蜜多心経観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五羅皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色空即是色」といった文句で知られています。
脳内視力を本当の視力に変化させるコツ。
ここで特に私か注目するのは、「色即是空空即是色」という文句です。
これはどういうことかといいますと、”色”というのは目に見える世界のことです。
すなわち、現象界のことです。
認尹というのは目に見えない世界、すなわち形而上のことを言います。
これが”即”、ひとつであるということです。
この”即”というのは、例えばここに10円玉が2つあるとします。
一般的には右の10円玉と左の10円玉は同一の10円玉ですから、同じだということです。
でもこれは実は”即”とは言いません。
右の10円玉”即”右の10円玉なんです。
すなわち、そのままひとつということです。
ということは、お釈迦さまがこのお経の中で言いたかったことは、「目に見えない世界と目に見える世界はそのままひとつである」ということです。
すなわち、先程のことに戻ってみますと、見えると思う考え方は頭の中で自分か思うわけですから、目には見えません。
ところが、見えると思うと見えてきます。
その見えてくるのは、視力表がどんどん見えてくるわけですから目に見える世界で、実際に物が見えるわけです。
これは”即”であるということですから、いかにはっきり物が見えるんだと思う考えが大切かということになります。
お釈迦さまが言いたかったことは、このことに間違いありません。
脳内視力が本当の視力に変化すると言うことです。
ただしここで大切なことは、集中するということです。
人間は集中すると感覚が変化します。
脳内視力回復で潜在能力開発、前頭葉開発これは例えば子供の頃、遊びに集中して思わず時間を忘れていたという経験が誰にでもあると思います。
時間というのは感覚です。
これが集中すると、止まったように変化するわけです。
見えるということに本気で集中していけば、感覚が変化して物というのは大きく見えてきます。
近づいて見えてきます。
くっきり見えてきます。
浮き上がって見えてきます。
したがって、この状態を固定化することができれば、物ははっきり見えてくるし、視力は回復してくるわけです。
②あたまを変えることでからだが変わる”あたま=こころ=からだ”は本来ひとつあたまとこころとからだは本来ひとつのものです。
区別することができません。
もしできる方がいれば、教えていただきたいものです。
これは、言葉の問題です。
本来、この小宇宙の中にあたまもこころもからだも一体として入っているわけです。
ただ、概念上分けているだけなのです。
”あたま”の働きは”考える”ということです。
こころの働きは”感じる”ということです。
からだの働きは動くということです。
これが実は集中力を媒介として、一体になるわけです。
あたまで考えたことに集中しますと、その命令を、こころが感じとって、そしてその潜在意識がからだを動かしていくわけです。

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